カテゴリー別アーカイブ: 地方活動(草の根・ほりおこし活動)

第4次派遣団報告(5/29~6/4)

第4次派遣団(5/29~6/4)作業報告

団員 計24人

第四次派遣団(五月二十九日~六月四日)

五月二十九日より第四次派遣団が作業に入った。今回の作業内容は山西教会の解体作業であった。
五月二十九日は雨が降っており、廃棄場が閉鎖された為、解体作業のみとなった。雨の中、合羽を着て、建物を解体し、分別を行った。
三十日からは、天候にも恵まれ、順調に作業は進んだ。解体された建物を、木材は木材、ブロックはブロックという様に分類し、ダンプに積み込み、廃棄場に捨てに行くという作業を終始行った。
三十一日には、キャタピラの修理の終えたパワーショベルも到着した。作業効率が上がることを期待されたが、エンジンの調子がおかしく、すぐに止まってしまう。重機の専門店に聞きながら機関部を見てみると、長らく使用していなかった為、燃料タンク内部に錆が出て、それが詰まり、エンジンが停止するようであった。すぐに燃料フィルターを交換し、燃料タンクの排出部から、ゴミを取り出す作業を試みた。その後はエンジンの調子もよく、無事に作業の効率が上がった。
六月一日、二日、三日と順調に作業は進み、山西教会解体作業及び、整地作業は滞りなく終えることが出来た。整地作業を終えて周りを見渡すと、とても広く、一日でも早く新しい広前が立つ事を願わずにはいられない思いがした。
期間中、賄いの御用奉仕の方がいらっしゃったので、作業員は、作業に専念することができた。食事等のお世話をしてくださる方がいたので、予定通り以上の作業ができたと思う。
 色々な方々の支え、お繰り合わせを頂いての派遣団であることを改めて感じさせられた。
最終日の六月四日は、朝から支援団本部の清掃、ダンプカーや使用した道具・工具を清掃し、帰路についた。
 ある参加者は、会社を一週間、有給休暇を取り、派遣団に参加していた。その彼が、終わりに「とても良い一週間の休日であった。楽しかった」と言って帰って行った。私は、その言葉にとても感動をした。普通であれば、「ああ疲れた」というところだろう。それを「良い休日であった。帰って休んでいた分、頑張らないと…」と言っていた。
教祖様の御教えに、
「神を信じる者は、何をするにも遊ばせて頂くのである。広前の奉仕で遊ばせて頂き、商売でも農業でも遊ばせて頂いているのである。天地の間に嬉しくありがたく遊ばせて頂いているのである」
(天地は語る一〇四)
とあるが、その御教えを体現している姿を見させて頂いた。
 信心するものはこうありたいと思った。(報告・松田清一)

5月30日

 山西教会
 ・教会解体作業
 ・瓦礫の撤去

5月31日

 山西教会
 ・教会解体作業
 ・解体後のゴミの撤去

6月1日

 山西教会
 ・教会解体作業
 ・解体後のゴミの撤去

6月2日

 山西教会
 ・教会解体作業
 ・解体後のゴミの撤去
 ・整地作業

6月3日

 山西教会
 ・教会解体後のゴミの撤去、
 ・解体後の整地作業
 ・ウィンドウクーラーの設置

6月4日

 帰光

第3次派遣団報告(5/21~5/29)

第3次派遣団(5/21~5/29)作業報告

団員 計19人

第三次派遣団(五月二十一日~二十九日)

 五月二十二日夕刻、本部より出発した三名は、同日夜、支援団を受け入れてくれている南関教会に到着。すでに到着していた三名と合流。翌二十三日、さらに七名が合流し山西教会に出発。南関から益城熊本空港まで高速道路を利用しての移動であったが、熊本IC付近で市内に通勤車両であろう渋滞にあい、降り口である益城熊本空港付近では、路面に新しい舗装の補修箇所が数箇所見受けられ、車線も一車線に絞られるなどしていて渋滞した。
 山西教会では、甘木教会の奉仕者五名と合流した。甘木教会奉仕者は防風林の伐採を高所作業車にて行い、ダンプにて廃棄場に搬出を行った。それと同時に他の奉仕者で教会内に残っている資材・備品の搬出・仕分け作業、教会の瓦の撤去を行った。防風林の伐採作業はとりあえず今回の便ではすべては行わず、教会解体後、高所作業車がさらに奥まで進めるようになってから再度行う予定である。教会内の搬出・仕分け作業にある程度目途がついたため、明日二十四日よりは、本格的に教会の解体作業に入ることとなった。
 二十四日、予定どおり山西教会の解体・搬出作業を行った。作業途中、搬出路の途中にあるお宅から、通学路に面しているブロック塀が道の方に倒れ掛かっており、危険なため撤去してもらえないかという依頼があった。同日、もう一グループを編成しブロック塀の撤去にあたった。
 二十五日は、雨のため作業は行わず、支援団本部の南関教会の清掃整備、車両の清掃整備等を行った。
 二十六日は、二グループに分かれて引き続き、山西教会の解体と搬出路の途中にあるお宅のブロック塀に撤去を行った。
 二十七日・二十八日は、山西教会の解体を行った。最終日に当たる二十八日は、小雨の降る空模様であったが、次回派遣団の作業の引継ぎを容易にするため、教会手前の建物の解体までを行い帰途に就いた。(報告・片岡義智)

5月21日

・山西教会 信徒M氏宅 ガレキ撤去作業

5月22日

※本部組出発
・山西教会 信徒M氏宅 ガレキ撤去作業
・山西教会 信徒M氏宅 屋根の補修

5月23日

 ・山西教会 教会解体作業

5月24日

 ・山西教会 教会解体作業
 ・H氏宅ブロック塀撤去作業

5月25日

 AM
・支援団車輌清掃
・南関教会内清掃
 PM
 ・災害地視察
 ・教会設備整備作業(下駄箱、すのこ)

5月26日

 AM
 ・山西教会解体作業(屋根はがし)

 ・H氏宅ブロック塀撤去作業

 ・廃棄物搬出作業

 PM
 ・山西教会解体作業(屋根はがし)

5月27日

 一日作業
 ・山西教会 廃棄物搬出作業
 ・山西教会解体作業(屋根はがし)

5月28日

 一日作業
 ・山西教会 廃棄物搬出作業
 ・山西教会解体作業(屋根はがし)

第2次派遣団報告(5/15~5/20)

第2次派遣団(5/15~5/20)作業報告

・団員 計9人

第二次派遣団(五月十五日~二十日)

五月十五日夜、御本部で集合し、熊本を目指し出発した。
十六日の朝、南関教会に到着、現地集合のメンバーと合流し、第二次派遣団総勢九名の活動が始まった。この日は大雨で、作業が困難と判断して、今後の作業確認の為、山西教会、木山教会、松橋教会の三つの被災教会を参拝、視察した。
十七日、二つのグループに分かれ作業開始。山西教会ではマーキーテントの設置、教会広前の床板外しなどを行った。地域のお宅では、被害にあった倉庫から物の運搬作業や、家屋の瓦の撤去作業。
十八、十九日、昨日からの続きで、瓦の撤去作業を行った。
二十日、現地本部である南関教会の片付け、車両の掃除を行い、帰路についた。(報告・大武一宏)

5月15日 出発

5月16日 到着、準備

5月17日

 ・山西教会 マーキーテント立て替え
 ・山西教会 広前の床板外し
 ・山西教会 カーテンの取りはずし
 ・山西信徒M氏 キャリーケースの移動、災害ゴミの撤去
 ・K氏 瓦取りはずし~撤去、ブロックの撤去

5月18日

 ・K氏宅 瓦取りはずし~撤去作業
※前日の続き作業で、写真はすべてK氏宅での作業風景です。

5月19日

 ・K氏宅 倉庫の瓦取りはずし~撤去作業、ブルーシート張り
 ・山西教会 解体作業の確認、マーキーテントのウォール張り(風対策)
 ・松橋教会 会館屋根の採寸、基礎ブロック補強作業の事前確認

第1次派遣団報告(5/6~5/13)

第1次派遣団報告(5/6~5/13)

・団員 計19名参加

第一次派遣団(五月六日~五月十三日)

四月十四日、熊本県を中心とする九州地方で大規模な震災が発生した。連合本部では、地方活動事業の災害救援支援活動の中身として取り組むこととし、「KYA災害復興支援団」(※KYA…Konkokyo Youth Associationの略)を結成して本格的な支援活動を展開する運びとなった。
 五月六日(金)、第一次派遣団本部組七人がご霊地へ集合、庁舎一階ホールにおいて教務総長にご臨席を頂き出発式を行った。その後、本部広前で御祈念、お届けを行い、十六時に金光を出発し、熊本を目指した。
 五月七日、現地本部の熊本県南関教会へ到着、本部設営を行い、早速活動を開始した。今回の作業現場は、被害の大きかった山西教会と松橋教会の二カ所で、はじめに熊本市内より東に位置する阿蘇郡西原村にある山西教会へ入った。
 山西教会へ向かう途中、熊本市内に近づくにつれ、地震の影響で道が凹凸して速度制限があり、また見る建物は破損ひび割れ、目に入るすべてが震災の爪痕であり、震災後の新聞・ニュースで見ていた以上の景色が広がっていた。
 西原村に近づくと、一見自然豊かな平穏な場所にも見受けられたが、至るところに道の破損や畑のひび割れが見られた。また、村の建物に赤・黄・緑の張り紙がしていた。特に赤い張り紙が多く見られたが、これは「立ち入り危険」の表示である。
 山西教会では、教会内の備品の搬出作業と廃棄物の運搬等を行った。また、教会のご近所の方の家の壁の撤去、小屋の解体を行った。
 支援団も一班三~四人で三班に分かれての作業となり、松橋教会での作業も日増しに増えていきながらの活動となった。瓦屋根の破損が多く、防水対策・修繕を行う中、二日間ほど雨にも見舞われたが、期間後半は、天候のおかげを頂き、依頼された方の作業を済ませることが出来た。

今回、第一次派遣団として被災地に入り、「出来るだけのことを」との思いで活動させていただき、一週間と限られた中での活動、一日の限られた時間、限られた人員の中ではあったが、お繰り合わせの中、終了となった。帰りの道中思うことであったが、「これで良い」と思うことはないが、次の第二次、第三次の派遣団へとつながる働きになることを願う。支援活動としていく中、現地での皆様にお心遣いを頂きながら、また、各教会の復興を祈願させていただいての日々であったと思う。
 「KYA災害復興支援団」へ、一人でも多くのお役に立つ若者の参画を心より願っています。(報告・長野真護)

5月6日

出発式…教務総長、総務部長、河崎次長出席
16時に出発

5月7日

起床、朝食後、
南関教会到着、御祈念後、設営作業。安武光太郎合流
1班…・山西教会へ教会内の不用品の廃棄(西原村民グランド)
・西原村ボランティアセンターにて話し合い
内容…不明団体との識別のため、連絡を取りながら支援活動を進める
・山西教会隣家のF宅のがれき撤去(トラック一杯分)
・松橋教会からプレハブ設置の準備として、樹木植え替え、畑の整地
2班…南関教会にて作業

5月8日

1班…松橋教会、隈庄教会、熊本教会へ参拝

2班…山西教会片づけ、F宅のがれき撤去作業

5月9日

      
1班…松橋教会、健軍教会参拝
2班…西原村のS氏宅、住宅回りに出来た隙間への砂利埋め
松橋教会にて不要品の廃棄作業

5月10日

南関教会月例祭参拝

5月11日

・松橋教会 作業

・松橋信徒宅 作業


5月12日

       
・松橋信徒宅 屋根瓦降ろし作業