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ジュニアキャンプ 2013年8月 胎金寺野営場(霊地)

 

今年も七月三十一日から八月三日にかけて、胎金寺野営場で年代別キャンプのジュニアキャンプ(中学生を対象)が行われました。

日常生活から離れて、当たり前のことが当たり前ではないと気づかせてもらったときに「ありがとう」という感謝の気持ちがでてくるので、その気持ちを大切に育んでいってもらいたい、という願いをもとに、全期間のテーマを「感謝」とし、日々のテーマを、第1日「自分に感謝」、第2日「人に感謝」、第3日「物に感謝」、第4日「神様に感謝」と設けることで、より具体的に「感謝」という気持ちをもって生活を進めていきました。

第一日目は、まず刷分たちが生活する、サイト設営から始まりました。今回の参加者はキャンプを経験したことがない子どもが多かったので、昨年の年代別キャンプ参加者を班長、副班長に任命して、班長を中心に設営を行いました。最初は班長も指示を上手に出せず戸惑っていましたが、設営、炊事と、班活動が続く中で、徐々に班の形ができていきました。夕食後は夜の活動として、班のバッチを作成しました。班のデザインを決め、木材を切り出し、絵の具とニスで装飾をして完成です。ここで各班、分担して作業を行うことにより、設営の時より、一隅班の団結が深まったように思えました。

第2日と第3日は、いよいよチャレンジコーナーが始まります。野外活動に必要なスキルを養ってもらうことを目的として、四つのチャレンジコーナーを設けました。今年は、「フィールドハイク」「魚釣り」「レザークラフト」「奉仕活動」の四つになります。

それぞれのコーナーで、普段の生活ではあまり体験しない野外活動を経験して、今後の生活に役立つスキルが身についたと思います。

第3日の夜には、「キャンプファイアー」を行いました。燃え上がる炎を見つめながら、歌や踊りやスタンツ(寸劇)を行い、みんなの笑顔があふれる、楽しい夜を過ごしました。

第4日は、朝から撤営を行いました。これまで使わせていただいたサイトにお礼を申しながら、班長を中心に設営の時とは比べ物にならない程のチームワークで、4日間の子どもたちの成長を目の当たりにしました。その後、閉会式を行い、下山しました。

今回のジュニアキャンプは、キャンプ未経験者が多く、半数以上が一年生でしたので、どうなることかと、心配しましたが、日に日に子どもたちが成長していく姿を見て、スタッフとして、とても多くのことを学ばせていただきました。子どもたちと同時に私たちもお育てをいただいているということに気づかせてもらえたことは、今回のテーマの「感謝」という言葉がしっかりと現されたジュニアキャンプであったと実感しました。

この度のジュニアキャンプ開設にあたり、キャンプを支え、見守って下さった多くの皆様方に改めてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
(報告・教育副長 千種信地郎)

アドベンチャーキャンプ 2013年8月 梶子島(笠岡市)

7月31日から8月3日にかけて、中高生年代を対象とした3泊4日の「年代別キャンプ」が、今年も全国大会の一環として開設しました。
今年は、ジュニアキャンプは胎金寺野営場にて4 つの「チャレンジコース」に挑戦し、アドベンチヤーキヤンプは、岡山県笠岡市の無人島梶子島でキャンプを行いました。初めての試みや未知の場所での実施で、色々大変だったと思いますが、スタップ・参加者の思い出に残るキャンブになったのではないでしょうか。

そんな年代別キャンプの様子をご報告します。

七月三十一日、第一日目。受付で参加者を待ちながら、スマートフォンの天気予報でキャンプ期間中の天気を改めてチェックする。先日と変わらず「考えられない猛暑」とのこと。心の中でため息をつこうとした時、「おはようございます!」と元気な声。参加者がぞくぞくと受付へやってきた。「考えられない猛暑」にふさわしく(?)みんな、きらっきらの笑顔で宿題にしていたロープワークを見せてくれた。

ジュニアキャンプのメンバーと一緒に本部広前に参拝し、金光様の御取次を頂いた後、教庁に移動し、荷物のパッキングと開会式を行う。今回は男子三名、女子五名、スタッフ六名の計十四名での無人島キャンプ。貸与したバックに荷物を詰め替え、いざ出発!途中、休憩をはさみつつ港へ到着。潮が引いており、船が予定の場所まであがれなかった為、急遽桟橋まで荷物をピストン輸送。船が出発して海風にあたり、やっと汗がひく。船にゆられること約十五分。岡山県笠岡市にある「梶子島」に到着。真っ白の砂浜に船が着く。「おオー」という歓声と共に、全員で荷物を降ろす。

一切日陰がないので、早速設営にかかる。島を登った所に立派なサイトはあるが、今回は下の砂浜でキャンプをすることにした。大急ぎでターフとトイレを設営する。「女の子はわざわざ上のトイレまで行くかな〜」と、心配していたが、汗だくで掘ったトイレを一番に使ったのは青春真っ直中の女子参加肴であった。

一日目のメインの活動は鶏肉の解体と調理。氷詰めにしてきた丸鶏を班に二羽渡す。意外にも、たった一度のレクチャーで、ほとんどの事を理解した様子の参加者。ほとんど手を出すことなく、いつもお店で見る状態に解体してしまった。ガラスープを取った後の骨に付いた肉もきれいにこそぎ、全部で四種類もの鶏肉料理ができた。

八月一日、第二日目。波の音で目を覚ます。朝食はおしゃれにパンケーキの砂添え。昨夜の夕食から気付いていたことだが、食事に砂が入るのは否めない。水の節約の為に、洗い物は全て海。これも今年のキャンプでしか出来ない経験だと受け入れる。

食事と朝礼を行い、午前の活動が始まる。担当スタッフに釣りの方法を教わる。餌の付け方、ルアーの投げ方、ヤスの使い方。しっかり学んだら早速海へ。ヤスを持って潜るグループ、投げ釣りをするグループに分かれ、獲物を狙う。私も男子参加者とバディーを組み潜ったが、私の分だけヤスがない。その参加者は「撃てば当たる」の精神らしく、彼の前を泳いでいても後ろを泳いでいても、ヤスを放つ「ザッ、ザ!」という音が、海の中の私の耳に絶え間なく伝わってくる。〃生きた心地がしない〃とはまさにこのことだと痛感。

この日の課題は、獲った獲物で料理を作ることと、クラフト(工作)の作成。夕飯には自分達で獲った魚料理が自慢げにテーブルの真ん中に陣取っていた。夕立が来た。洗濯物を取り込んだ後、参加者達は天地の恵みを無駄にはしなかった。ターフをゆるめたり、コッフェル(鍋)をテントの外に出したりして、その雨水で、海水で疲れた体を洗ったり、思いっきり顔を洗ったりしていた。キャンプをすると、難しく考えなくても天地の恵みをダイレクトに感じたり、受けたりする事が出来る。一人でも多くの子供に、一度でも多い野営経験をさせたいと改めて感じた。夜の活動はだんらんの火。浜辺で火を囲み、自分の夢や思っている事を語り合った。優しい波の音と、星に見守られ、素直に自分の事が話せているなあ、と参加者の表情に感じる事ができた。

八月二日、第三日。今日は一日狩猟活動。夕飯の配給は基本的に米と調味料のみ。おかずは配給しないので、余っている少しの食材と自分達で調達した獲物で料理を作る。きちんとした食事になるかしら、と心配していたが、今からの成長が楽しみな小さな魚たちのおかげで驚くほど充実した食卓になり、命を頂くという事をまっすぐに感じることの出来る夕飯となった。

夜はお待ちかねのキャンプファイャー。それぞれに思い思いのソングやスタンッを発表して大いに盛り上がった。のだが、一班だったため三十分程度で終了。物足りなかったのか、その後、班会議や就寝準備をし、スタッフ会議も終わり団欒していると、参加者がスタッフサイトの前に整列。何事かと思うと「今からキャンプファイヤーの2次会を行うので、スタッフの方も強制参加です」と。スタッフが考えたら絶対にあり得ない様な、’動”動”動’の構成のキャンプファイヤーは大盛況の内に幕を閉じた。その頃スタッフサイトでは十五センチオーバーの島ネズミが、ここぞとばかりに開けかけた缶詰をあさっていた。「こんな素晴らしい夜はない!」私たちも島ネズミも、同じ思いを胸に、眠りについた。

八月三日、第四日。最終日。撤営にかかる。’残すものは足跡と感謝のみ,をモットーに、ビーチクリーンもしっかりとさせて頂いた。みんな「もう終わるのか」とか、「もう一泊したいな」などと口にしていたが、船が見えた時の目の輝きと言ったら、この4日間の中でどこでも見たことの無いものであった。最初は気持ち悪かった島ネズミも、見納めかと思うと、少し寂しい己の感情にとまどいつつ、島を離れる。

一班での活動、炎天下での食材の管理、海での活動。不安も多かったが、沢山の祈りと自然の恵みを、いつも以上に感じていた今年のキャンプだった。
(報告・庶務副長 砂野昌子)

アドベンチャーキャンプに参加して 宮野道咲(山口・下関北)

今回のキャンプは、今までで一番心に残ると思います。六年間の締めくくりということもありますが、様々な点で、今までと違っていて、とても楽しく、とても厳しかったからです。

まず、環境。初めてのこの海でのキャンプで、砂の上に立てるテントや、波の音を聴きながら寝ること、そして、お風呂もシャワーもないこと。思っていた以上に過酷だったけど、「これこそキャンプだ!」と気合いも入りました。疲れた時に聴く波の音は、いい子守歌になりました。

また、海に潜って魚を獲ったのも初めての体験で、心に残っています。あんなにたくさんの生きている魚たちを間近で見たのは初めてで、さっきまでピチピチ動いていた魚を自分でさばいて頂くのも、初めてでした。命を頂いて私達が生きていることを改めて感じ、魚の命と向き合うことで、食べ物の命の大切さ、自分の命の大切さも、感じました。毎日たくさんの命を頂き生きているので、キャンプで感じた命の重さも日々感じながら生活していきたいと思います。

隊歌の他にテーマソングがあったのも、今回が初めてでした。キャンプの雰囲気にすごく合っていて、キャンプ中は皆で歌ったり、食事の準備の時や自由時間に口ずさんだり、キャンプの間はずっとどこかからテーマソングが聞こえてきました。テーマソングがあったおかげで、より心に残り、また、この歌を聞く度に今同のキャンプのことを思い出すと思います。

今まで六年間、キャンプをさせていただいて、心も体もすごく鍛えられました。また、多くのスタッフ、リーダーの方のお世話になりました。本当に、感謝しています。ありがとうございました。

 7月31日(水)8月1日(木)8月2日(金)8月3日(金)
午前受付朝礼朝礼朝礼
パッキング「海人の仕車」課題撤営
開会式・ 釣りの実習④食材を探せ奉仕活動
(梶子島に移動)・ ヤスでの漁⑤営火のスタンツ(本部に移動)
午後設営課題⑥住環境の改善感想文作成
課題①鶏さばき②釣果閉会式
③クラフト作成解散式
設営の続きキャンプファイア営火
夜の礼夜の礼夜の礼

平成25年度まごころ運動 活動報告

 

まごころ運動って?

連合本部が進めている運動の一つで、日常生活の中で行うことができる取り組みを通して、子どもたちが「世のお役に立つ人」に育つことを願って1981年から推進しています。

2013年活動報告

昨年(2013年、平成25年)も、「まごころ運動」にお取り組み、ご協力いただき、ありがとうございました。 みなさまから寄せられた、たくさんの折り鶴、使用済みの切手やカード、文房具等は、昨年の教祖百三十年少年少女全国大会「わかば祭」にお供えし、

2014年8月 教祖様ご生誕200年全国大会
2014年8月 教祖130年少年少女全国大会

下記の寄託先へ送付いたしました。 支援金については、マザーランド・アカデミーへ文房具と共に送らせていただきました。 誌面後掲に、各寄託先の活動を紹介しています。 私たちが日常生活の中で行う小さな取り組みが、このように世のお役に立つ働きとして現れていることを、とてもありがたく思います。 少年少女会連合本部では、今後も引き続き「まごころ運動」をすすめてまいりますので、本年もより一層のご協力をよろしくお願いいたします。 ※ 「まごころ運動」は、連合本部事務局(本部総合庁舎七階南)で一年中受け付けています。

平成25年のまごころ運動の成果総 数寄 託 先
平和の折り鶴約226,868羽広島、長崎
使用済み切手約332,314枚日本キリスト教海外医療協力会、
誕生日ありがとう運動本部
使用済みカード約33,020枚誕生日ありがとう運動本部
文房具約2,353点マザーランド・ アカデミー
支援金98,645円

2013 平成25年 第5回少年少女遠征 -ハワイプロジェクト-

 
第5回少年少女遠征は、8月20日~27日まで、ハワイのマウイ島・オアフ島で、キャンプを中心に活動を進め、海外ということもあり、ご心配をおかけすることもありましたが、多くの皆様方のお祈り添えを頂き、全員、元気で実施することができました。スタッフ・参加者共にお育て頂いた今回の遠征報告を、2回にわたりお伝えいたします

二十日開会式

スタッフ・参加者、計二七名全員が集まって十九時より開会式を行った。昨年十二月から今年の三月、七月と事前訓練を行っていたが、いざ本番を迎えると、全員に高揚感や緊張感、そして不安が交ざった異様な空気感が漂っていた。

二十一日いざ出発

出発前から大きく重くなったリュックをバスに積み込み、期待と不安を抱えた表情で本部広前にお届け。その後、後方支援によるバス二台で岡山空港まで送っていただき、それぞれが大きなリュック、現地でのキャンプ備品を積めたトランクを抱え、空港にて手続きを行い、飛行機に乗り込んでいく。

海外に行くことが初めての参加者も多く、手続きに戸惑いながら、まだ見えぬハワイを目指し、まずは経由地の韓国へ向かって移動した。

仁川空港ブロジエクト

この度の遠征では、岡山空港から韓国の仁川空港に向かい、そこからホノルル行きの飛行機に乗り継ぎをする。乗り継ぎの間の約五時間は、各班に分かれて、事前に計画していた仁川空港内での活動を行った。韓国料理を堪能する班、伝統文化を体験する班、またカフェや無料のマッサージ機で休憩する班など、日本語の通じない空港内で積極的に活動に取り組んでいた。

五時間を空港内で過ごした後は、いよいよホノルル空港行きの飛行機に乗り込みだ。夜に韓国を出発し、約八時間のフライトを経て、ハワイ時間の二十一日朝、ホノルル空港に到着。(ここからはハワイ時間表記)

やっとハワイに着いた!と、思うのも束の間、再び飛行機に乗り継ぎ、マウイ烏を目指さなければならない。ここからは、英語という言語のもとに、二十七名という団体で、移動や手続きを行わなければいけないのだ。本当の海外遠征がはじまった。

マウイ島

マウイ島に着いてからは、レンタカーの大型バスに乗り込み、まずはワイルク教会に参拝させていただいた。参拝後、昼食を用意していただき、たくさんの新鮮なフルーツもごちそうになった。午後からはマウイオーシャンセンターという水族館に行き、ワイルク教会のロイ先生に海洋生物について教えていただく班もあった。その後はホテルに到着し、翌日の早朝ハイキングに向けて早めの就寝。

二十二日ハレアカラプロジェクト

早朝一時に起床した後に、ツアーバスにてホテルを出発。山道の途中で、星空を観察し、日本では見られないほどきれいな星座や惑星に感動をした。その後もバスに揺られ、日の出五時前に頂上に到着し、朝日を待ち望む。標高三○○○メートル超ということもあり、寒さは真冬並みだったが、それでも朝日が登ると寒さも眠気も吹き飛んで見とれるほどの美しさだった。

下山後、一度ホテルへ戻り荷物をまとめ、ここからキャンプ場へ向け出発。マウイ鳥南西にあるオロワルキャンプ場にて海外でのキャンプ生活が始まる。

キャンプ場到着後、テントを設営し、休憩がてらに、海水浴を楽しんだ。キャンプ場は海辺に隣接しており、まさに山と海に囲まれたマウイ島を体感できるキャンプ地だった。夜は過ごしやすい気温で、寝付きもよかった。早朝一時の起床から始まった、長い長い一日が終わった。

二十三日ラハイナプロジエクト

この日は朝食、朝礼の後、マウイ島西部にあるラハイナという港町に出て各班の計画書に基づく活動を行った。

歴史的建造物を巡ったり、アメリカならではの大きなハンバーガーを食したり、さとうきび列車に乗ったりと、各班それぞれが考えたプロジェクト活動をしていた。活動を終え、集合した時には、お揃いのブレスレットや花飾りなど、各班らしい買い物を終え、自慢気な笑顔で戻って来た。

そしてキャンプ最後の夜は、お世話になったロイ先生とともに、BBQを楽しんだ。たった2日間のキャンプだったが、ロイ先生にはたくさんのことを教えていただいた。日本と海外とのキャンプには、装備や使う器具、そして虫などたくさんの違いがあること。なんと、このキャンプ地にはさそりが生息しているのだ。

また、ある隊員は料理の仕方や英語についてなど、日本では教えてもらえないことを興味津々に聞き入っていた。経験したことのない環境でのキャンプだったが、ロイ先生の支援や協力があって安心してキャンプを終えることができた。
(報告・森川佳奈)

オアフ島へ

二十四日、三日間お世話になったマウイ島からオアフ島への移動である。五時半に起床して、すぐに撤営に取り掛かる。飛行機の時間が決まっているため、波の音も耳に入らないほど慌ただしく荷造りをして朝食をいただいた。朝食が済み、そろそろキャンプ場を出発しようとしていた時にスタッフの一人が「痛っ」と言い、着かけた制服を脱いでみるとサソリが現れた!スタッフが右脇腹を刺されたのだ。かなりの痛みがあったようで心配もしたが、ここのサソリは毒性が弱く、地元では「ハチに刺される程度」とのこと。ホッとしたのも束の間、時間もなかったので迎えのバスに乗り込み、ロイ先生にお別れをしてキャンプ場を後にし、カフルイ空港へと向かった。空港ではワイルク教会の教会長先生のお見送りをいただいての出発となった。

カフルイ空港からホノルル空港までは約四十分で到着。ここからは隊活動としてワイパフ、ワヒアワ、ホノルルの三教会へ全員で参拝させて頂いた。プログラムの都合上、急ぎ足での参拝となってしまったが、どの教会でも温かく出迎えてくださり、大変喜んでくださった。また、ホノルル教会では、ご信者さんが作ってくださった昼食をいただき、午後からの活動源となった。

午後からは、海洋保護区に指定され、エメラルドグリーンの海水がとても締麗なハ
ナウマ湾にてリラックスムードで海浜活動(シュノーケル)を行った。その後、ホテルにチェックインをして、班ごとにワイキキの街へ夕食へ行った。

ホノルルプロジエクト

ニ十五日、七時半に朝礼を行い、今日のモットーは「エンジョイ」と発表された。ホテルでの朝食がないため、朝礼後より朝食を含めた班ごとでのホノルルプロジェクトを開始した。ここでも事前に立てた計画書をもとに、バスやタクシーに乗って史跡巡りやダイヤモンドヘッド登山、ハワイ名物のパンケーキをいただいたり、ハワイ遠征最後のプロジェクトを楽しんだようである。

五日間続いたハワイ食でだいぶ日本食(みそ汁)が恋しくなっている人もいたが、この日は慰労夕食会としてバイキング形式のお店で楽しく食事をいただいた。

ハワイ最終日の朝

二十六日、ハワイ最終日の朝を迎えた。起床後、ロビーへ集合し、全員で朝食をいただきに出かけた。ハンバーガーやパンケーキなど、それぞれに好きなものを注文したが、やはり量がとても多い。ハワイへ来てからカロリー消費量よりも摂取量のほうが多く体が少し重たくなった気がするのは私だけだったかもしれないが、これでハワイ食は終了となった。朝食が済み、ホテルの駐車場で朝礼を行った後、班プロジェクト(仁川空港・ラハイナ・ホノルル)の報告会を行った。各班ともに、調べた情報と実際とが違ったりなど計画書通りには出来なかったとの反省が出た。遠征ならではの下見が出来ない状況での実施であるのに加えて海外でもあったので、当然と言えば当然かもしれない。しかし、このことを通して、情報・資料を集めること、細部にわたって計画書を作成することの大切さを学び、また事前に調べていたからこそ臨機応変に対応できたことを実感できたのではないだろうか。

いざ日本へ

九時半にホテルをチェックアウトし、ホノルル空港へと向かった。まずはホノルル~仁川空港までのフライトである。仁川空港に着くころには日付は二十七日の夕方になっていた。仁川空港からは往路同様に飛行機を乗り換え日本へと向かった。岡山空港へは二十時十五分に到着し、後方支援の方々が出迎えてくださり、「ホッ」とした。岡山空港からマイクロバスに乗り込み、二十一時半に御本部へ帰らせていただいた。到着後、すぐに玉水教会控所で閉会式並びに解団式を行った。団長から参加者一人ひとりに記念品が授与され最後にテーマソングの「風になりたい」と「ハピネス」を歌って解散した。既に学校が始まっている人もいて、早々に帰らなくてはいけない人もいたが、スタッフと残った参加者で二十八日の朝、金光様へ御礼のお届けをさせていただいた。

最後に

今回の遠征は、五回目の節目であり、ハワイでの実施となりましたが、金光様のお祈り添えを頂き、連合本部関係者、各教会長先生、保護者の方々など、多くの方のご理解.ご協力があってのことであります。今回のメンバーでのハワイ遠征は、最初で最後でもあり、参加者・スタッフそれぞれが何か一つでも学び、今後の糧となり、お役に立つ人にお育ていただくことを願っています。また、この節目から、さらなる遠征事業・育成活動が展開されること、そしていつか今同の参加者と一緒にスタッフとして御用できることを願ってやみません。(報告・安武松二)