第8次派遣団報告(6/25~7/3)

第8次派遣団報告(6/25~7/3)

団員 合計 9人

第八次派遣団(六月二十五日~七月二日)

 六月二十六日午前七時過ぎに南関教会にて四名で御祈念、お届けをさせて頂き第八次派遣団の始まりとなった。今回は前団から引き続いて益城町での家屋解体となる。この日は雨も降ることなく重機を使い解体しながらダンプに木材を積み廃棄場へ運搬する作業を繰り返し行った。
 二十七日、この日は二名の方が加わった。昨日に引き続いて解体しながら木材、ガラス、瓦などの分別作業を行った。その中で、解体中の建物に位牌がありその位牌を見つけてほしいとの事で、手作業で分別しながら位牌探しをしていたが午前中から降り続く雨が昼過ぎになると強くなってきたため午後二時に作業を中止して南関教会へと戻った。
 二十八日、前日から降り続く雨で廃棄場は終日閉鎖となった為、翌日からの作業に備え別の場所に置いてあるユンボを作業現場まで移動させるのみで作業を終えた。
 二十九日、作業現場までの道中は雨が強く降っていたが、益城町に近づくにつれて晴れ間も見え少し安堵しながら午前九時頃より作業に入ったが二時間もしないうちに雷雨となった。その後も天候の回復が見られず作業を断念した。
 三十日、午前中は雨が降っていた為カッパを着て作業を進めていたが、午後からは久しぶりにお天道様の姿が見え汗をかきながら前日までの三日間の遅れを取り戻すかのように重機で解体しながらトラックに積み込み廃棄場へ運搬する流れで予定時間よりも遅くまで作業に没頭することが出来た。
 七月一日と最終日の二日は終日晴れていて重機二台で解体、積み込みの作業をしながら次の便まで一週間ほど期間が空くため廃棄場への運搬に必要な分別作業と整地作業をして二日午後四時に第八次派遣団としての作業を終えた。
 私自身、初めて全期間通しての御用となったが南関教会で寝泊まりをさせて頂き、教会の近くの温泉に毎日入らせてもらい疲れを癒すことが出来、毎日の食事を準備して下さる方々がおられ、沢山の支えがあっての活動であり、本当に勿体ないようなことであると感じた。改めて「させて頂く」気持ちを忘れずに取り組ませてもらえた。(報告・安武松一)

6月25日

 15:00 本部出発

6月26日

 木山教会T氏宅の解体作業

6月27日

 木山教会T氏宅解体作業
 ・瓦剥がし
 ・位牌探し
 ・解体した災害ゴミの仕分け

6月28日

・南関教会広前洒掃
・支援団入口屋根補強
・災害ゴミの仕分け

6月29日

木山教会信徒T氏宅解体作業
・災害ゴミの仕分け、運搬
・位牌探し

6月30日

 木山教会信徒T氏
 ・災害ゴミの仕分け、運搬

7月2日

 木山教会信徒T氏
 ・災害ゴミの仕分け、運搬
 ・夕方、解散

第7次派遣団報告(6/18~6/25)

第7次派遣団(6/18~6/25)作業報告

団員 合計20人

第七次派遣団(六月十八日~二十四日)

 第七次派遣団は、梅雨真っ只中の六月十八日本部を出発した。同日夜、宿営地である南関教会に到着し、現地集合者九名と合流し、総勢十四名でスタートした。到着した日は第六次派遣団の方の最終夜であり、二便合わせ約三十名あまりが一夜を共にした。翌朝開始のお届け後、第六次派遣団の見送りをし、山西教会へと出発した。作業初日は、解体作業の終了したばかりの教会へ参拝し、今後の復興のための下見を行った。その後、次の解体場所である益城町へと向かった。道中、避難所である小学校の横を通り、ニュースなどで目にした、段ボールベットが目に入り、地震から二か月たった今でもたくさんの人が避難生活をされている姿を目にし、一日も早い復興を祈念させていただかなければと改めて思わされた。
 そして、益城町信徒宅へ到着した。今回は主に一階部分が完全に潰れた信徒宅の解体業を行った。初日は雨天の影響でゴミ捨て場が閉鎖されており、敷地内で、分別作業を行った。
 二十日は早朝からかなりの雨が降っていたが、小降りになるという予報から作業に出発した。悪天候から、思うように進まない解体であったが、できることを少しづつ行った。解体現場のすぐ前には断層が走っており、そこで大学教授による説明が行われていたので、聞きに行った。その夜、熊本上空を観測史上一位の雨が降り、翌朝外に出てみると、教会の周りにところどころ土砂崩れが起きていた。
 二十一日以降も雨は降り続け、雨の合間を縫いながら作業を続けた。二十三日朝には、連日降り続いた雨の影響で教会横の斜面のほかに、教会前の道路で土砂崩れが起きており、道路が封鎖されていた。この日は午前中教会周辺の復興作業を行った。午後から、解体現場に出発したが、高速道路が通行止めになっており、下道で向かったが、大渋滞で途中、教会に引き返し、教会において解体現場で出た木材の整理を行った。
 二十四日早朝、今後大雨の予報で、高速道路の通行止めが予想されることから、二十五日までの予定の第七次派遣団であったが、予定より一日早く帰教することになった。雨ばかりで足元の悪い中での作業であったが、誰一人けが、事故することなく派遣団は解散させていただいた。(報告・牛尾明子)

6月18日

 15:00 本部出発

6月19日

 山西教会信徒T氏
 ・ガレキ撤去作業

6月20日

 山西教会信徒T氏
 ・ガレキ撤去作業

6月21日

 山西教会信徒T氏
 ・ガレキ撤去作業

6月22日

 山西教会信徒T氏
 ・ガレキ撤去作業

第6次派遣団報告(6/13~6/19)

第6派遣団(6/13~6/19)作業報告

団員 合計20人

第六次派遣団(六月十三日~十九日)

 教団独立記念祭並びに教主就任式が行われた六月十二日の翌日より十九日までの第六便支援団が結成された。
 今回は延べ二十人の便(内、九州からの奉仕者は五人)となり、マイクロバスで十三日十五時前にご霊地を出発した。奉仕日一日目の十四日は熊本地震の前震二ヶ月の日を迎えた。ここでも阪神淡路大震災との復興の差を感じた。まだまだだと。その日の朝、南関教会での団活動開始御祈念を仕えた。そして、「…どうぞ、実意に、礼儀正しく、親切に、真心で行い、み教えにより信心を進め、お役に立つ人になる稽古とならせてください」とお結界にお届けした。
 その後、早速マイクロバスとダンプに分かれて作業場所に向かった。前の便からの作業で、解体された信奉者宅での廃材の分別と震災ゴミ処分の奉仕を行った。初夏の日差し厳しいなか、ガラスや釘に注意して行った。
 十五日は、昨日の続きと山西教会での作業の二コ班に分かれて作業した。毎日の奉仕の後は、南関教会長のご配慮で近くの大型入浴施設に入らせていただていた。まさに身も心も疲れが取れ、感謝の他ないことだった。また奉仕者同士交代で、炊事や洗濯をする役割分担も出来、ありがたいことであった。年齢や体力に合った奉仕が出来る支援団である。
 十六日は本震より二ヶ月目の日。あいにくの雨のため、一部の奉仕者(信奉者宅の瓦整理)を除いて、全壊二教会への復興祈願参拝と共に、被災地の現状を体感させていただいて、一層の祈りを込めた。
 十七日は雨も上がり、つぎに行う、もう一件の全壊された信奉者宅と山西教会の二コ班に分かれて奉仕させていただいた。しかし急遽、全壊教会からの依頼でご神殿お扉に関わる奉仕も数名で行った。
 今回の奉仕活動最終日の十八日は、山西教会の木の伐採奉仕最終ご用を全員で行った。その日の朝礼で、「ご用奉仕とは、神の氏子とある人間に〝御(おん)用(もち)〟いていただいている体を、神様のご用に〝仕(つか)へ奉(たてまつ)らせて〟いただきましょう!」と申したことだったが、みな黙々と実意に御用奉仕くださった一週間。本当にありがたいことと感謝! あっという間の六便奉仕だった。豪雨と激しい雷が鳴るなか、七便の方々に引き継いで無事ご霊地で解散したことだった。(報告・原田恵一郎)

6月13日

 14:30 本部出発

6月14日

 山西教会信徒M氏
 ・倉庫解体後のゴミの撤去
 山西教会信徒N氏
 ・作業の下見

6月15日

 山西教会
 ・杉の木の伐採作業
 山西教会信徒M氏
 ・倉庫解体後のゴミの撤去

6月16日

 午前中
 ・次の現場確認
 ・被災教会(山西、木山)参拝
 午後
 ・雨天のため休息

6月17日

 山西教会
 ・杉の木の伐採作業
 山西教会信徒N氏
 ・道路に落ちている瓦撤去

6月18日

 山西教会
 ・杉の木の伐採作業
 山西教会信徒N氏
 ・ガレキ撤去作業

以上、第6次派遣団報告

第5次派遣団報告(6/4~6/11)

第5派遣団(6/4~6/11)作業報告

団員 計12人

第五次派遣団(六月四日~十一日)

六月四日午後三時、七名でご本部を出発し、午後十一時、支援団本部である金光教南関教会に到着し、その日はそのまま宿泊。
翌五日、一名が合流して午前七時半に宿営地を出発し、金光教山西教会では解体後の残土の整理作業を行い、その近隣にある家の中の不用品などを廃棄した。
六日からは、山西教会信徒宅より依頼されていた倉庫の解体にかかり、全員で屋根瓦を下ろし、廃棄作業。朝方より激しい雨が降った後の晴天に、湿度も上がり、少し動いても汗が落ちる中の作業となり、また不慣れな屋根の上に緊張する人もいたが、全員で声を掛けながらの作業は、連帯感も深まり、疲れも少し忘れる事が出来た。
七日には、屋根瓦を下ろし終わり、建物の柱の解体作業に入った。
倉庫に使われていた木材は、どれもが立派な木材で、特に梁には、二十メートルほどの建物のほとんどが一本で通るほどの長さがあり、丁寧に重機を使って解体が進められた。
手作業で、木材をダンプに積み込み、何度も廃棄場を往復し、先の見えない作業ではあったが、八日、九日と作業を進めていく内に、あれほどあった木材やがれきも、段々と少なくなり、改めて、一人ひとりの力は限りがあっても、人が集まり積み重ねて行くことで、大きな力となることを教えられた。
十日の日に最後の作業として、大方の廃棄を行い、十一日に全員無事でご本部に帰らせて頂いた。(報告・秦 浩治)

6月4日

 夕方、本部出発

6月5日

 山西教会
 ・教会解体後の整地作業
 ・H氏宅の家財道具運搬

6月6日

 山西教会信徒M宅
 ・屋根瓦取りはずし作業

6月7日

 山西教会信徒M宅
 ・屋根瓦取りはずし作業

6月8日

 山西教会信徒M宅
 ・解体作業

6月9日

 山西教会信徒M宅
 ・解体作業
 H氏宅の家財道具運搬

6月10日

 山西教会信徒M宅
 ・解体作業